医学部創立40周年を迎えて

医学部創立40周年に寄せて - 運動器:時代は「ロコモ」へ -

山形大学医学部整形外科学講座 教授 高 木 理 彰 


 運動器医学、医療の分野では、21世紀の幕開けとともに、世界保健機関(WHO)が提唱した「BONE AND JOINT DECADE 2000-2010」(運動器の10年)に関連団体が呼応して、運動機能障害を克服しながら、終世すこやかに身体を動かせる「生活・人生の質(QOL)」を保証する社会の実現を目指した大きな社会運動が展開されてきました。 超高齢社会の到来も大きな出来事で、2007年の人口推計で65歳以上の高齢者人口が21%を越え、2011年度の統計では23.1%に達しています。山形県の高齢化率は28%に迫り、全国第5位。 山間部の町村では36%を超えるところもあります。 大学病院の救急外来に搬送される骨折をはじめとする運動器患者に占める高齢者の割合も大きくなる一方で、整形外科病棟で治療を受ける患者層の高齢化からも超高齢社会の運動器医療の現実がみてとれます。 ご高齢の方は様々な併存症や障害を抱えている場合が多く、整形外科でもあれこれ合併症のリスク等に苦労しながら治療にあたっているのが現状です。
 世界に先駆けて超高齢社会を迎えた本邦では、2012年の平均寿命が女性86.1歳で世界1位、男性79.9歳で世界5位。 多くの人々がこれほど長期にわたって運動器を使い続ける時代はありませんでした。 治療を受ける必要がある運動器障害は50歳以上に多発します。 高齢者の四肢脊柱の外傷のみならず、変形性関節症による関節障害、さらに脊椎脊髄疾患など、手術適応となる整形外科疾患も増加の一途を辿っています。 加齢に伴う骨粗鬆症やサルコペニア(骨格筋量低下とそれに伴う筋力ないしは身体機能の低下)による日常生活機能やQOLの低下の問題も顕在化してきました。 このような状況の中、不自由なく身体を動かすことの出来る“健康な長寿”に社会の大きな関心が集まっています。 2007年、加齢に伴って運動器が障害されて、介護が必要となったり、要介護リスクが高まった状態を表す言葉として「ロコモティブシンドローム(locomotive syndrome、運動器症候群、通称“ロコモ”)が日本整形外科学会から提唱されました。 Locomotiveは「運動の」という意味で、機関車も意味します。 運動器も人の健康維持に大きく貢献するという社会的コンセンサスのもとに、年をとることに否定的なニュアンスを持ち込まない意図が込められて、能動的な意味合いから「ロコモ」という言葉が選ばれました。 ロコモの原因は大きく二つに分類されます。 ひとつは加齢に伴う運動器自体の疾患によるもので、変形性関節症、骨粗鬆症に伴う円背や易骨折性、変形脊椎症、腰部脊柱管狭窄症が含まれます。高齢者の関節リウマチに伴う機能障害も含まれます。 もう一つは、加齢に伴う運動器不全で、筋力、持久力、バランス能力、巧緻性、運動速度などの低下や反応時間の延長に伴う運動機能低下があります。 メタボリックシンドローム、認知症と並んでロコモは健康寿命の短縮、寝たきり要介護状態の原因の3大要因の一つに位置づけられました。 ロコモの社会的な認知度の向上と、予防、早期発見、治療対策が重要なテーマの一つとなり、山形県でも取り組みが始まっています。
 このような時代の流れに対応しながら、山形大学整形外科学教室では、この10年間、外傷、変形性関節症や関節リウマチをはじめとする関節病、脊椎脊髄病、骨軟部腫瘍、また骨粗鬆症などの骨代謝疾患、さらに骨系統疾患、先天異常、筋骨格系の感染症、加えてリハビリテーション、スポーツ、生体材料、微小血管外科など多くの専門領域を網羅しながら、山形県内外の関連施設のみならず、全国の医療機関とも連携して運動器医療にあたってきました。
 手術治療では、大学病院を中心に済生会山形済生病院、公立置賜総合病院、日本海総合病院、山形県立中央病院などの整形外科基幹病院や地域に根ざした関連病院と連携しながら、大勢の運動器患者に対応してきました。 山形県および隣県で教室全体が担当した整形外科手術は2012年度、ついに年間9千件を突破し、今や1万件に迫る勢いです。 超高齢社会を背景に山形県内では骨脆弱性に伴う高齢者の大腿骨近位部骨折、脊椎外傷患者数も増加の一途を辿っています。 大学病院では救急医療の発展、高度化に伴って複合臓器損傷を有する重度多発外傷患者の集学的治療に加わる機会も年々増えてきました。 大学病院と基幹病院では四肢切断に対する再接着手術も増え、それに伴い対応可能な若手の手外科医も育っています。
 非外傷性疾患では、低侵襲化の流れに合わせて、膝、肩、手肘、股の各関節や脊椎では鏡視下手術がより積極的に導入されてきています。 インプラントの改良と耐久性の向上に伴い股関節、膝、肘、手足の人工関節手術、脊椎インスツルメンテーション手術件数が増えたのもこの10年間の特色で、治療成績もさらに向上しました。 山形大学工学部、京セラ株式会社と産学連携で開発された山形大学式人工股関節インプラントは開発以来、県内外で5千名を超える患者に適応され、現在、第7世代の改良型インプラントの臨床応用も開始されています。 股関節や膝の人工関節再置換手技の進歩も見逃せません。 平行して進められた院内骨銀行システムの普及によって、広範な骨欠損を伴う関節機能再建にも十分対応出来るようになりました。 また癌化学療法の進歩と合わせて、悪性骨軟部腫瘍の治療では生存率が向上し、患肢切断を行わない機能温存手術が骨軟部腫瘍患者の生命予後のみならず機能予後をも改善させています。 かつて小児の難治性疾患の代表格であった骨肉腫の5年生存率は80%を超え、最近の無病生存の患肢温存患者の5年生存率は90%を上回っています。 四半世紀前には想像もできなかった治療成績です。 アクリジンオレンジを用いたより低侵襲の悪性腫瘍の機能温存手術の可能性も模索され、成果を上げつつあります。 生存のみならずQOLの向上も視野に入れた悪性骨軟部腫瘍の治療の進歩がみてとれます。
 整形外科は外科系に分類されますが、同時に運動器の保存療法にも積極的にかかわっているのも特色です。 薬物療法、運動療法、装具療法をはじめとする保存療法の可能性を常に考慮しながら治療にあたり、新しい治療法にも取り組んで来ました。 薬剤療法では、従来、難治性疾患の代表格であった関節リウマチに対する分子標的薬を用いた抗サイトカイン療法が登場しました。 この普及によりリウマチの関節予後が格段に改善されています。 山形県でも腎臓膠原病、呼吸器分野の先生方はじめ、多くの分野の方々との連携が進められ、関節リウマチの治療レベルが飛躍的に向上しました。 集学的治療にお力添えくださっている皆様に対して感謝の念で一杯です。 この潮流は大学病院を中心に山形県内で治療を受ける方にとって極めて大きな福音となり、その治療の恩恵に預かる患者数は飛躍的に増え続けています。 よりきめ細かな治療を可能とする県内リウマチ病診連携ネットワークの確立にも大きな期待が寄せられています。
 骨粗鬆症の治療では、多様化したビスフォスフォネート製剤、さらに副甲状腺ホルモン製剤や破骨細胞活性化因子に対する分子標的薬の導入が大きな進歩をもたらしました。 その恩恵が患者さんにも還元されつつあります。 少子化社会にあっては、小児の難治性の手足や股関節疾患、脊椎の先天異常、発育障害患者対応が大学病院に集約される傾向が続き、小児整形外科治療の要となりつつあります。 このように、整形外科の各分野でも、大学病院と関連病院の治療現場を中心に、確実に様々な進歩があったように思います。 また忘れ得ないのが東日本大震災です。 発災初期の災害外傷患者への救急対応、それに続いた廃用症候群に対する運動療法支援活動も経験しました。 教室にとって大きな出来事でした。
 最近10年間の教室のあゆみを振り返っても、様々な臨床成果が、学内外の臨床、基礎医学講座や海外の共同研究施設との連携によって裏打ちされてきたことも見逃せません。 とりわけ、大学院研究生を中心とした人工関節インプラントに対する生体反応の研究、関節炎発症機構の解析、骨軟骨の発生や再生に関する研究、脳脊髄の分子病態に関する研究、骨格筋の電気生理学的研究は教室の学問基盤醸成の大きな原動力となっています。 この10年間でも22名の大学院博士号、2名の論文博士号取得者が教室から出ました。 本学の基礎医学講座や共同研究施設の先生方のお力添えに対して、この場をお借りして厚く御礼申し上げます。 また国内は言うに及ばず海外に出かけて多くの経験を積み、それを教室に還元している教室員のバイタリティーも教室の原動力となっています。 短期留学も含めると、ヘルシンキ大学、スタンフォード大学、カリフォルニア大学サンフランシスコ校、メイヨークリニック、アデレード大学はじめ、国内外15施設と学術交流がありました。 また海外10施設からの留学、訪問もありました。
 さて運動器医療の今後の展望ですが、骨折、骨粗鬆症、変形性関節症、脊椎疾患をはじめ整形外科を中心とした高齢者の運動器医学、医療の需要は高まるばかりです。 また超高齢社会を支える青壮年世代の身体の健康の問題も大きなテーマとなっています。 小児から青壮年、高齢者まで幅広い世代の健康を支える整形外科をはじめとする運動器医学、医療の役割は極めて大きいように思います。 再生医療や難治性の関節病態に対する医療需要も今後益々大きくなり、高度化する運動器医療への対応も怠りなく継続していく必要があります。 当教室は昭和51年に開講され、初代渡邊好博教授(山形大学名誉教授)が教室の礎を築かれました。 1996年に第二代荻野利彦教授(北新東病院札幌手外・手の先天異常センター長)に引き継がれて一層発展しました。 昨年からは小職が講座を担当させていただいています。 現在、山形県内はもとより東北、全国各地で大勢の教室員、同門会員が整形外科をはじめとする運動器の医療、研究に熱心に携わり活躍しています。 教室の創成期の立ち上げに携わった先輩は渡邊好博先生、茨木邦夫先生(元助教授、元琉球大学医学部長)、故大島義彦先生(元助教授、元山形県立保健医療大学理学療法学科長)、須田昭男先生(元助教授、すだ記念整形外科院長)、浜崎允先生(済生会山形病院病院長)はじめ10名で、この濫觴と呼ぶに相応しい創成期以来、これまで215名が切磋琢磨しながら教室で学んできました。 現在も山形県および近隣県で運動器医療に携わる同門は157名に及び地域医療を担っています。 整形外科学教室では、これからも、時代のニーズに応え、将来を見据えて様々な分野と連携させて頂きながら、研究と臨床のバランスをとり、将来を担う若手を育てていければと願っています。 また医療安全に十分配慮しながら、運動器医療を通して社会に貢献することを目指していきたいと思います。